「私はこの地区の最高峰。そして、貴方を呼ぶためにラルカイムを送った者です」
 強い風が吹いたと思ったが、その感覚はどこかに吸い込まれ、木はざわめくのをやめた。この辺り一帯が瞬時に変わったような感覚に襲われる。
「貴方を迎えに来ました」
 止まっていた風が一気に道太郎とクリスの間を吹き抜ける。
「理由は?俺とお前は初めて会ったのに、なんで前から知っていたように言うんだ」
 クリスはクスっと笑ったような仕草をしてから、一言、
「運命なのですよ」
 こう言うと背を向け、森の奥を指差した。
「今は夜が更けていることですので、私の家へ行きませんか?実は言うと、無理やり飛び出してきたもので直ぐに帰らなければ」
 道太郎達のほうを向いて笑顔で話したが、その額には薄っすら汗をかいている。

 クリスの案内で家へ行くまでの間、道太郎はずっと考え事をしていた。それを察してか、クリスもラルも話しかけてはこなかった。
そして最後にたどり着いた答えは、

ここ数十分の間で俺はとんでもない事に巻き込まれた

 ラルといい、クリスといい、髪の色も耳の長さも今まで見たことが無い色と形をしている――。つい、警戒心で見てしまったが、なんというか、これから起こることが予想できない。
「道太郎さん?」
 考えているときに話しかけられたので驚いてしまった。表情にも出ていたがクリスは気にせずに、
「貴方は“考えること”を知っているようですね。でも、そんなに考え事をしなくても、私達は貴方を取って食べようとも、実験台にしようとも思っていません。ただ貴方が必要なのです」
 意味を聞こうと口を開きかけた時、遠くの方から叫び声が聞こえた。
 叫び声に話は打ち切られ、さらに叫び声が近づいてくる。最初はなんて言っているか解らなかったが解ったとき、その声が震えている事に気づいた。
「クリス様!」
 目に涙を溜め、クリスの傍に駆け寄るとその涙は地面に流れた。
「ご無事だったのですね。よかった・・・私は心配で心配で」
 クリスの傍にいたラルは嬉しそうに踊りながら、
「だいじょ〜ぶ♪僕がいることを忘れないでおくれよ!」
「はいはい。あの、こちらの方は?」
 道太郎の存在に気づき顔を向けたが、その顔には涙のあとが残っていた。
「俺は道太郎です」
「・・・あぁ、そうなの。とうとう――ね。私はルーベル。クリス様の部下です」
 意味深な発言に道太郎は少し考えたが、クリスは、
「それはまだ確定したわけではないですよ」
 和気藹々とした雰囲気の中、また風が止まった気がした。変化に気づいた3人は来た道を振り返ったが、そこには野兎が一匹跳ねていた。
 野兎を見る3人に気づいたのかクリスも野兎のほうを見たが、野兎の姿は何処にも無く、冷たい風が吹いただけだった。

「しかし、どうして迎えに来たの」
 少し怒るように言うクリスに対し、ルーベルはずれた眼鏡をなおしながら、
「それは、クリス様が心配だからです」
 と答えた。しかし何か裏がありそうとクリスはみたが、それ以上ルーベルが語ることはなかった。

 そろそろクリスの家が見える頃である。