道太郎が奥の部屋へ移動している時、さらに体中が重く、より一層光がまとわりついてきていた。
 うっとうしいと思っても、声を発すること自体がうっとうしくて肩を借りながら歩く事しかできない。
「ほら、この部屋だ」
 戸を開くと押入れから布団を取り出し敷くと、ゆっくり道太郎を寝かせた。
「ふぅ。ここなら静かだし、誰も来ない。ゆっくり休めよ」
「何かあったら言えよ? 絶対」
 道太郎がぎこちなく微笑むと2人は部屋から出て行った。刀は道太郎の隣に置かれている。
 あのまとわりついてくる光は輝きをより一層増した。
 もう直視できないほどに。


 眩しくて、道太郎は目を瞑っていた。
 あの2人は気づかなかったのだろうか。こんなにも眩しい光が。刀は、妖怪や物の怪の類なのだろうか。それとも自分の頭がおかしいのだろうか。
 色々考えても何ひとつ答えはみつからなかった。寝返りをうつ。少し目を開けてみるが、また閉じる。明るすぎて周りが白く見えたのだ。


 道太郎はため息をつき、こう思った。
 この怪我で用心棒になる話が延期、いや白紙に戻っていてほしい―――。
 包帯が巻いてある腹を触ってみると痛む。ここに、あの刀が刺さっていたかと思うとゾッとしたが、これくらい、自力で立てないくらいの怪我じゃないと白紙にはならないだろう―――。

 腕を投げ出し、また別の事を考える。


 田村師匠……将軍に仕える侍だった師匠―――。右腕をひどく負傷して身を引いてから、もう何年経つだろうか。それ相応の身分にも財産にも身を浸さず、俺みたいなのによくしてくれる偉大な、師匠。
 ……あれ。さっきはどうして右手で持っていたのだろう。

 目を瞑って考えていると、徐々に現実から意識が遠退いていっているのを感じ、その流れに身を任せてみた。すると、道太郎は夢を見たのだ。どこか懐かしい、でもなぜか見てはいけないような夢を―――












 穏やかな陽気が降りそそぐ森を抜け、やわらかな草原をふみしめた横に流れる小川。その川原に木箱を置くと、その横に先日取り寄せたばかりの火石を置き、灰色の刃をのせる。真赤になるまで熱し、鉄鎚を持つと勢いよく何度も打ち付ける。
 カンッと高音が辺り一帯に響き渡り、男は黒く長い髪の、後ろで束ねた先を激しく揺らしながら打ち続けた。
 しかし、ある少女の声が響いたとき、それは止まるのだ。
「マオナール!」
「えっ、クリス?!」
 クリスと呼ばれた少女は、鉄鎚の手を止めたマオナールの微笑みに目もくれず肩で息をしている。その様子に鉄鎚を置き、苦笑しながら落ち着かせるマオナールは道太郎の方へ顔を向けた。
 道太郎は見た瞬間、凍りつくかと思うほど身震いした。
 目の前にいる男は道太郎がよく知る人物に似ていた。いや、似ているどころではない。髪を短くし、顔立ちをもっと大人っぽく、さらに和装にすると……
『田村師匠』
 それに『マオナール』という名前、クリスという名の少女は、俺のことを“慈愛と誕生の力を持った剣士”と言ったあの女に似ている。

 いったい、目の前で起こっている事は何なのだ。
 唖然としている道太郎の目の前では、そんな事などお構いなしに進んでいる。


 マオナールはようやくクリスを木陰へ座らせると隣に座り、汗を流しながら言い訳をしている。しかしその言葉がどうもクリスの気に障ったらしく、また怒らせてしまっている。
「もう、あなたは領主なのよ。こんな村から離れた所に一人で来るなんて自覚がなさすぎるわ。何かが起こってからでは遅すぎるのよ!!」
「わ、わかったから。今度からはラルと一緒に来る」
「“ラルと一緒に来る”ですって?! 何度も言わせないでちょうだい。ラルは攻撃ができないのよ。補佐精霊がどうやってあなたを守るっていうのよ」
「俺が剣を振るって、それをラルに補佐してもらうのさ。自分の身くらい自分で守らないと」
 この言葉で怒りは頂点を過ぎ、深いため息をつくクリス。見た目は20いかないくらいだが、どうやら気苦労が絶えないらしい。
「では、あなたが剣を鍛えなくてもいいじゃない。それに昨日作り方をちょっと聞いただけで……だから、あんな足場の悪い所で。あなたがそのような事をしなくても、職人に任せれば」
「自分で作らないと、剣と心を通わせる事は難しくて」
 頭をかきながら笑うマオナール。だが目は笑っていない。
「マオナール……無理をしなくていいの。いつも通り、畑を耕して皆と一緒になって笑っていればいいの。
 だから、あなたは剣をとらないで」
 ふいに重ねかけた手を戻す。鉄を打って手は汚れていた。
 しかし、クリスは自ら手を重ね、
「争いは私たちだけで大丈夫。あなたと、あなたの民に被害は出さない。だから」
 マオナールは反対の手で金色の、光の当たり具合によっては乳白色になる髪を少し指に絡ませ、
「クリス。これはネイ地区、トゥース地区、そしてカルミ地区が協力し、ランドル地区の……。ベールキルに、みなで一泡吹かさねばならない。わがままはダメですよ?」
「わ、わがままではないわよ! もぉ……。マオナールが無理しなければ、考えても、いいわ」
 ため息をつき、大きな目でマオナールを見る。
「ミルドの国光とミレーティア様のご加護がありますように」
「ありがとう、クリス」

 風が吹き、葉が揺れる。
 その葉の中に淡く黄色い人影があった。その人影は2人が寄り添い1つになる姿を見て、静かに笑み道太郎の方を向いた。
『これは、あなたの前世の記憶ですよ』

 風が吹き、葉が揺れる。
 2人は寄り添い、領主という地位を忘れ、個人としての明るい未来を誓う。
 そして、すべてに対して明るい未来を、願った。


























『道太郎さん、道太郎さん!』

 誰かが、呼んでいる。

『起きてください。迎えに来ました。一緒に行きましょう!』

 体がゆすられている。しかも刀が刺さっていたとき腹に近い場所を触られている。最初は変な夢を見て、頭がおかしくなったのかと思い無視していたが、どうもしつこい。寝返りをうって反対方向へ向いたのだが、すぐにまた声がして、体をゆすられる。
 さすがに我慢しきれなくなって、
「うるさい」
 と一言、言ってみた。
 がしかし、
「あっ、道太郎さん! 起きているなら返事くらいしてくださいよー」
 余計にうるさくなってしまった。
「話すことなどない」
 ちょっとキツイ言い方をしてしまったかと後悔したが、幻聴は未だ聞こえる。
「起きてくださいー!」
「ええい、静かにしろ!」
 堪忍袋の緒が切れたように道太郎は上半身を起こし、幻聴がする方向を叩いた。
「こんにちは、道太郎さん♪」
 叩いたときに目を開けてしまった。
 あの眩しい光がまったくない。その代わり、そこにはちょこんと座った、ひまわりのような、金髪の少年……金髪というだけで道太郎は驚くが、
「おまえ……」
 ちょうど叩いたところに少年はいたのだが、手は少年をすりぬけ畳の上にある。
「えっへん。そんな攻撃は通用しないよ! えっと、道太郎さん……だっけ? 今の名前」
 最後の言葉を疑問に思いつつ、
「あぁ、そうだ」
 その言葉を聞き、少年の表情がパッと明るくなり、両腕を上下に振りながら、
「よかった! ミレーティア様のお告げの通りだ……本当に、本当に!」

 ミレーティア……?

「これでクリス様も救われるんだ!」

 クリス?

「どうしたの、道太郎さん?」
 話しかけられ、ハッと気がつく。いつの間にか口に手をあて考え込んでいたようだ。
「まだ傷が痛むの? どこか他に痛いところとか、あったら言ってね?」
 心配そうに顔を覗いてきたが、微笑んでかわそうとしたのだが、その笑顔はぎこちなかった。
「え、えええっ! どどどどお、どうしよう。銀魔刀を通じてクリス様と会うだけだったのにミレーティア様! 僕の能力が劣っていたばかりに道太郎さんの傷を癒せなくて申し訳御座いません!」
 両手を畳につけ、頭を打ちつける少年。鈍い音が響き、慌てて止める。
「は、離してください! 役目をまっとうできなくては死んでお詫びする他ありません!」
 両目から大粒の涙を流す少年をおさえつけ、なんとか落ち着かせて話を聞こうとするが、少年の力は意外と強かった。
「おまえ。そんなことしたって、なんの得にもならんぞ!」
「離してください! 僕は無力な精霊なんですぅ」
「もう一度やればいいじゃないか。それに、おまえに聞きたいことが山ほどあるんだ、落ち着け!」
 その言葉を聞いて、あっさりと、
「はい、なんでしょう。僕になんでも聞いてください♪」
 ちょこんと座り、満面の笑顔で答える。
 道太郎はおもわず脱力しかけたがグッと堪え、布団の上に座り、少年に話しかけようと口を開いた時、
 気づいた。
「やっと気づきました? 道太郎さんって意外と鈍いんですね」
 腹に巻かれた包帯を、さっき痛みを感じた部分を圧迫しても痛むがまったくない。急いで包帯を解いて傷口を見ても、跡形もなく消えていて、どこにあるのかさっぱりわからない。
「僕の名前はラルカイム。ラルって呼んでください♪ それと、それは、僕の能力の治癒で治しました。ある程度の怪我なら僕のこの光で治すことができます」
 そして手のひらを広げ見せたのは、さっき刀からまとわりついてきた光。
「今、僕はあの刀に宿っている精霊です。今は何を言っても信用してもらえないかもしれないけれども、この際、簡潔に言います。
 あなたは僕、補助精霊ラルカイムの主人であり、ミルド国トゥース地区領主マオナール・ロヴェ様の生まれ変わりなのです」

 俺はまだ、夢を見ているのだろうか。

「クリス様に危機が迫っています。ミルド国へお戻りください。前世と同じとまではいきませんが、ここ以上の地位と食料は……」
 ラルカイムは思わず口に手をあて、
「ごめんなさい……僕の都合だけを話して……。そうですよね、道太郎さんはここの生活がありますものね。あ、えっと…何か飲み物か食べ物持ってきますね! うん、それがいい」
 立ち上がり、軽くステップをふむように走るラルカイム。戸に手をかけ、さっと開けると、ラルカイムは何かを言い、桶を持ってきた。
 疑問に思っていると、『らおる』と言って『手ぬぐい』を渡してくる。嬉しいのだが、いったいどこから、これを?
 すると、ラルカイムの後ろから叫び声がした。

……田村師匠?

「おま、おまえ、どうやってここに!」
「あわわ、挨拶がまだでした! こんにちは、ラルカイムといいます。ラルって呼んでください♪」

……はぁ。田村師匠も驚いた……





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