瞑っていた目の前の闇に、光がさしこんでくる。
 耐えられなくて開くとそこは、婆ちゃんと住んだ家でも道場でもいつもの土手でもない。見知らぬ森の、中。立ち上がり、とりあえず歩いてみると案外整備された道が通っており歩きやすいが、見たことがない動物と多くすれ違う。
「……?!」
 蝶の羽が生えた少年が目の前を横切った。
 一体ここはどこなのだ。


 疲れて、
 木にもたれかかり空を見た。
 いつも見る、空である。違うところと言えば、心地のよい風と匂いが流れているだけ。その流れに楽器の音色が誘われ同調しているだけ。
 聞いたことが無いような。いや、どこかで耳にしたその音色は、道太郎を誘い風に流れさせた。音色がする方向へ、足が進んでいた。
 茂みをかき分け林を駆け抜けると小さな開けた空間に出た。そこの地面には草が生えておらず、その代わり花々が咲き、幹の太い木が陣取っていた。その木の太い枝に、木を曲線に曲げ弦を張った物を持つ女がいる。
 女は道太郎に気付くと、目を大きく開いたが、すぐに目を細め、
「刀に導かれし生者よ。その刀に導かれし生者は、この国にとって、救世主の生まれ変わりであり、500年の眠りから姫を覚ます王なり」
 木で出来た楽器。竪琴を奏でながら純白の裾を風になぎかせ、まるで歌うかのように、
「目覚めよ、生者。慈愛と誕生の力を持った剣士、よ……」
 女は項垂れ、竪琴を抱きしめながら震え、
「助けよ、生まれ変わった生者……そなたの前世の名はマオナール・ロヴェ。慈愛と誕生に満ちたその身体で、そなたの、そなたを愛した者達に至福を―――!」
「道太郎ッ!」
 全身に稲妻が走ったかのような感覚に襲われ目を覚ました。
 上半身を起こそうとすると、十郎が再び寝かせる。
「ふぅ。やはりこの刀は……」
 田村の右手に握られている……いや、右手に纏わり付き、道太郎の腹にも伸びている光。とても温かく、深い眠りにつきそうになるが。これが、刀?
「なんで道太郎の腹に……」
「おい、大丈夫か? もう痛くもかゆくもねぇか?」
 悩む田村の隣で必死になって話しかける十郎。
 なにが起きたのか、俺にはわからないが。
「あぁ、大丈夫だ。ちょっと不思議な夢を見た……」
「どんな夢だ?」
 そう聞かれても、
「わからない……」
 わからない事が多すぎて、何をどう話せばいいか。
「まぁいいや。とにかくおまえが無事なら」
 ほっとしたのか、へなへなと座り込んだ。
 田村は依然として刀と思われるものを食い入るように見ながら、時々何かをつぶやいては黙り込んでしまった。
「なぁなぁ、師匠! 道太郎を部屋に運んだほうがいいんじゃねぇか?」
 我に返り、目を刀から十郎に向ける。
「…あ。あぁ、そうだな。手伝え、十郎」
「あったりまえよ!」
 道太郎をゆっくり起こすと腕を肩にまわした。


 その後、道太郎は道場の奥の部屋に移動し、十郎は後から来た門下生たちに、今日は休みだと伝えていた。
 田村は井戸で水を汲んでいる。手ぬぐいを桶の中に沈めると、道太郎がいる部屋へ行こうと廊下を歩いていた。すると、廊下の先に雀が一匹歩いては啄ばみ、歩いては啄ばみ……こちらに気づくと近くの木まで飛んでいってしまった。だが、あきらめきれずにじっと見ている。
 田村はそっと桶の水を垂らすと、道太郎の部屋へ向かった。雀はその姿を見るとすぐに廊下にとまり、水を飲んだ。


 角をまがり、道太郎がいる部屋の前に立ち、戸を開けようと手を伸ばすと、戸はさっと開いた。
「あっ、水を汲んできてくれたのですか?! ありがとうございます!」
 異国情緒あふれる金髪の少年がふわふわと桶を受け取ると、またふわふわと道太郎のもとへ行って、にこにこしながら話している。というより、一方的に話している。
「道太郎さん、お水がきましたよ〜。はい、タオルです」
「……たおる…」
 どう見ても『たおる』というものではなく、手ぬぐい。『たおる』ってなんなんだ。
 こう思いながら額にのせた。
「おま、おまえ、どうやってここに!」
「あわわ、挨拶がまだでした! こんにちは、ラルカイムといいます。ラルって呼んでください♪」
 金髪の少年を指差しながら叫ぶ田村。その様子を知るや知らずやにこにことラルは微笑んでいるのであった。
 この2人の様子を見て、道太郎は深いため息をついた。
 これは、話せば長いことなのだ。






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